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LGBTQI

LGBTQIの人達が働く醸造元のワインコンテストが、この度初めて、性の多様化の認知活動の一環として、5月に行われる。しかし、SNS上で、批判と嘲笑のコメントが寄せられている。このビデオには、ホモセクシャルのパートナーが紹介され、愛らしいピンクのトラクターで、ブドウの世話をしている様子が見られる。彼らがコンテストに出展するワインは、ロゼと白。全体で9つの蔵元が参加し、優勝すれば500本が買い上げられ、年間通して、イヴェントなどで使われることになる。国は、性の多様性に対するナイーヴな社会の反応と、昨年、水害のあったワイン醸造所のことを配慮すべきとした。ただし、さまざまな性のスタイルと、その人たちの造るワインの品質は、全く関係がないことにも念を押している。ビデオの男性パートナーは、このコンテストの参加に喜びを感じており、我々は他の人たちと何ら変わらない、普通の人間であると主張している<2022,4,18>。

ドイツのピノノアール

最近、こんな記事を見た。フランスのブルゴーニュ地方の蔵元は、畑名のないブルゴーニュ・ルージュをドイツへ輸出したがらないそうである。その理由は、ドイツのピノノアールの品質が向上しているのに加えて、ドイツの酒屋が、その畑名なしのブルゴーニュ・ルージュの価格を下げて売らないからだと言う。つまり、本家のフランスの方が、まずく感じてしまうことを恐れているらしい。確かに、7,000〜8,000円のドイツのピノノアールは、そこそこのブルゴーニュ・プルミエ・クリュ相当の味わいはある。今後の更なるドイツのピノノアールの発展を期待する。<2022,9,26>

ベーマーマン

今回、ドイツのコメディアン「ベーマーマン」が、例の強烈な皮肉を連発し、ワインを槍玉に上げた。ワインは、教養ある博識そうに見せる最高のトリックである。ワインを好む者は、主に有名人や役職者、ブランドまみれのOLで、匂いを嗅ぎながら、いまいましい言葉を並べ立て、彼らは決して黙って飲むことができない。特に、ドイツのワイン愛好家は、よくゲーテの詩を引用し、ワインを飲むことを正当化する。一方、ビールを飲む者は、酔っぱらおうが、へべれけになろうが、一向に構わない。ビールは、ソーセージで気軽に飲める労働者の酒だ。彼らは、ずる賢くない。その後、畑に撒かれる農薬や、ワインに味付けする酵母や酵素の話、ワインの清澄に使われる動物由来のゼラチン物質の話を持ち出し、ワインは、決して自然の産物ではないこと、ロマンティックでも、文化的でもないことを、いつものベーマーマン節で唱えた。最後に語られたワインの空き瓶の補償金については、考えさせられることもあったが、いずれにしても、上記の添加物のことは食品業界では既知のこと。その中でも、より自然に則して造る生産者を選ぶことを私はお薦めする(2022,11,12)。

女らしくって、、、

この曲のテーマは、堕胎と出産である。歌詞には2人の女性が出てくる。マレーネ・ディートリッヒは、一人の娘をもうけたが、離婚。その後、子供を産まなかった。もう一人は、シモーヌ・ド・ボーヴォワールには、子供がいない。2人とも、家庭よりも自身のキャリアを選んだ。この曲を歌うニナ・ハーゲンも、堕胎と出産の経験がある。女性の解放への叫びをこの曲は表現している<2022,12,16>。

畑って何?

かつて、1971年のドイツワイン法改正時に、およそ30,000の単一畑が統合され、2,658に減少したと言われる。畑の区分けが大まかになることで、同名の畑でも、立地の良い所と悪い所が存在することになる。つまり、同名の畑でも、ワインの質が異なることを意味する。そして、2021年より正式にドイツにワイン新法が導入された。これは、ブルゴーニュ地方に見る様に、テロワールを重視する構造となっている。

しかし、ドイツでは問題点が複数ある。一番、紛らわしいのは、2012年より定義が統一されたVDPグループだけのGroßes Gewächsと、今回の2021年に施行されたVDPグループ以外のGroßes Gewächsが市場に混在してくること。二つめに、この新法の施行に乗じて、従来からある畑にも関わらず、新しい畑名が誕生している​(例えば、フランケン地方のWürzburger Stein-Bergなどは、従来あるSteinの畑との明確な区分が明らかでない)。本来、畑の区分けというものは、ワインの個性や品質の違いを区分するものでなくてはならない。ドイツでの畑名が、どれほどの意味を持つのかは、今後のワイン市場で問われることになるだろう​<2023,1,31>

20周年

2022年は、VDP. Grosses Gewächs誕生から20周年になる。1950年代のドイツワインは、フランスワイン同様に、高額に扱われていた。しかし、1960年代のケレライの台頭、それに伴う、低品質、低価格のワインの増加、1971年のワイン法改正時の畑の統合、1980年代の悪天候による品質の低下、不凍液混入事件などにより、世界におけるドイツワインの地位は低下した。このビデオでは、VDPの有志たちが、1980年代から、ドイツワインの復興に向けての努力と挑戦する経過を見ることが出来る。そこから生まれたものは、単なるボルドーやブルゴーニュの格付けの真似ではなく、ドイツ特有の風土と歴史を反映させた、繊細で精密な格付けである。それは、ドイツワイン生産者自身の運命に責任を果たすという大きな課題でもあった。​<2023,4,17>

プロヴァインなんて。

毎年春に、デュッセルドルフで行われる世界最大のワインメッセがある。ある自然派ワインの蔵元がそれをブログで批判した。「感情のこもらないワインメッセ。ストレスを貯めたバイヤーと、品質にそぐわない価格で売り込もうとする蔵元。酔っ払いの集まる商業主義と化したこのメッセは没落の道を歩むだろう」と辛口な表現。一方、彼はイタリアの山間で行われた小さなワインメッセを例に挙げこう評している。「のどかな田園風景の中、農村の文化と地元の料理。ワインの分析値など気にせずに、皆がワインを心から楽しみ、語り合っている」と。そして、「ワインを売ることは、そこの生活文化を伝えること」と、ブログを締めくくっている。過去にも別な蔵のこんな文を読んだ。「ワインは、私たちの食生活の多様性と品質を高めるエッセンスである」と。これは、巨大オンラインショップの売り方を批判した後のコメント。<2023,6,20>

自然派ワイン

これまで私は、何本、味の悪くなったそのSO2無添加ワインを廃棄しただろう。確かに醸造家の中には、SO2無添加のワインを安定させて仕上げる蔵はある。彼らは、ワインに新たな味の幅を示してくれた。しかし、その様なお蔵は限られている。SO2無添加ワインは、日本酒の生酒と似ている。両者とも、口当たりは良いが、冷蔵保存しなければ酒質が安定しない。つまり、未熟な酒である。

21世紀の現代において、100%自然であるワインは、存在しないと私は思う。SO2添加にしても(また、日本酒の火入れにしても)、人が数百年かけてワインを、バクテリアの害から守るために、正しく証明された製法である。そのSO2の部分だけを切り取って、自然を気取るのは的外れだ。目的は、美味しいワインを造ることであって、SO2無添加が目的ではない。​<2023,7,7>

アッサンブラージュ(キュベ)

先日、ドイツ人ソムリエが行ったアッサンブラージュの興味深い記事を見た。

ブレンド用に用意されたワインは、以下4つのブドウ。

①メルロー…軽くてフレッシュ、柔らかいタンニン。しかし、アルコールはやや高め。

②メルロー…粘土質土壌の畑のコクのあるタイプ。カシスなどの果実味も豊富。モロミ発酵

をさせた色合いの濃いスタイル。

③カベルネソービニヨン…このブドウ品種らしく、チェリーやカシスの果実味と渋み、そし

て、アルコールの押しが強い。

④プティ・ヴェルド…青い野菜の香り。おとなしく柔らかい。

どのワインも若く、飲み口がまだ荒い。それゆえにアッサンブラージュの意味がある。素人考えでは、軽いワインにしたい場合、①のメルローを主体に、力強いワインにする場合には、③のカベルネを主体に入れるのが良いのではないかと言うこと。しかし、実際はそう単純ではないらしい。とりあえず、全て同量にブレンドしてみた。最初は、飲み口が滑らかで、荒さは消え、悪い印象はない。けれど、突然水っぽくなり、青臭くなった。次は、①-②-③-④を20:30:30:20のようにブレンドしてみる。すると、①のメルローと④のプティ・ヴェルドの青臭い香りは減少し、カベルネの果実味は生かされ、渋みは丸くなった。しかし、②のコクのあるメルローが出しゃばる。全体的には、カベルネがこのワインの骨格を形成している。しかし、後味に、プティ・ヴェルドの存在感が強過ぎる。様々なブレンドを繰り返し、最終的には、25:40:25:10に落ち着いた。②のメルローのコクが生かされ、香りのバランスも良い。フルーティーで柔らかいタンニンを味わえる。「この経験を通して、アッサンブラージュを毎年行なっている蔵元への尊敬の念に耐えない。これぞ、プロの技術であろう」と、締め括っていた。私個人としては、ブレンドワインよりも、単一品種で醸したワインの方が好きである。何より、ピュアで生粋な味わいである。<2024,2,4>

◆コメント;平野浩司(Koji Hirano

ドイツワインは、もっとクールでリベラルなものです。

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