• Yoko Yoshimoto

「ベルンの奇跡」

最終更新: 4月17日



・後方から、1本のシュート!これが、本来の意味でのドイツ連邦共和国の誕生の瞬間だったのでは?やがて、それは神話となり、「ベルンの奇跡」と呼ばれる。

・時は、1954年、スイスのベルンで開催されたサッカーワールドカップの決勝戦。ドイツ対ハンガリー、2:2の同点。スタジアム全体が興奮し、その試合にかぶりつく。後半終了間際の残り6分、ペナルティーエリア外からのシュートが決まる。ドイツのサッカー史の中の奇跡、「ドイツが世界一になった!」。

凱旋帰国した選手たちへの、歓喜に満ちた出迎え。決勝点を決めたのは、ヘルムート・ラーン選手。ドイツ国民としての幸せの共有の瞬間。第二次大戦の敗戦から9年、ドイツ人が心から祝うことの出来る日がきた。これは、ドイツ国民にとって、戦後に痛めた心の慰めとなった。これは、出来て間もないドイツ連邦共和国の心のキックと呼べたのか?また、もしかしたら、ドイツという国の、真の誕生の瞬間なのでは?

ところが、この優勝を厄介なものだと捉えた人々も少なくなかった。少なくとも、当時のドイツの政治家たちは、それを喜ばなかった。ドイツ国民が喜びに酔いしれていることを、近隣国が不快に思っているのでないかと、彼らは恐れた。つまり、ナチス政権下の、あの恐ろしいドイツ人の精神を、連想させることを恐れた。その決勝戦の後、スタジアムで、ドイツ人が歌ったのは、よりにもよって、ドイツ国歌の一番だった。それは、「ドイツよ、すべてのものの上にあれ、この世のすべてのものの上にあれ」という歌詞で始まる(第二次大戦以後は、3番のみが公式となっている)。それが、単なる習慣で起こったことなのか、あるいは、確信して歌われたのかは、定かでない。当然、外国からは、快くは受け入れられなかった。スイスのラジオ放送局は、中継を取りやめた。当時のドイツの首相、コンラート・アデナウアー氏は、この国の思い上がりを不快に思った。

時は、冷戦。ヨーロッパ諸国では、東側諸国に相対するための、欧州防衛共同体(EVG)という共通の軍隊を作るか否かの話し合いの最中でもあった。第二次大戦の記憶がまだ癒えていないこの時期、フランスは、ドイツの再軍備に懸念を示していた。結果的には、フランス・パリでの国際会議で、この案は否決された。それは、ドイツにとっては、予想外のことだった。様々な理由が絡み合っていたにせよ、アデナウアー首相は、今回のワールドカップのドイツの優勝が、近隣ヨーロッパ諸国に、悪いムードを与えたと確信していた。またドイツメディアも、この勝利の直後に、あえて批判を招くような報道はしなかった。また、勝利によって、自信を高められた感情を記事に表すこともしなかった。ワールドカップ優勝という、今日多くの人々が思うような高揚感は、すぐに消え失せた。そして、人々は沸き立つこともなく、すぐに日常生活に戻った。要するに、その当時、「ベルンの奇跡」は、ドイツ人の国際意識の大きな変化にはならなかった。

しかし、「ベルンの奇跡」の事象は、1990年代から、とりわけ2000年代に入って、脚光を浴び始めた。1990年、東西ドイツの統一が、その変わり目となった。東西のドイツ人たちが一つとなり、このサッカーの歴史に、新しい観点を見出した。「ベルンの奇跡」は、ドイツが一つになる前に既に、平和的で民主的な改革がなされることを証明している。しかし、この神話は、少し危険でもある。サッカーに勝つということが、危険なのだろうか?サッカーは、常に国家の誇りをかけて戦う。そこには、もしかしたら、国粋主義的なムードが存在する。現在、サッカーと愛国心との結びつきは、緩やかになったけれども。

1954年のこのドイツの勝利の物語は、1990年以降、ニュースやドキュメンタリー番組などで、数多く紹介され始めた。やがて、2005年には、「ベルンの奇跡」が映画化された。テレビと映画に取り上げられることによって、「ベルンの奇跡」の物語は、若い世代に、その当時の感情と共に、浸透していった。映画は、成功を収めた。G.H.シュレーダー首相は、当時のアデナウアー首相とは違い、深く心を動かされ、こう語った。「このノンフィクションの物語を見て、涙が出た」と。1954年のワールドカップの優勝の記憶は、何れにしても、鮮明にドイツ人の心に残る。勝利への一本のシュートは、分断という不自由で長い時代が間にあったにせよ、明るい未来への号砲だったと言えよう。その物語とその感情は、深く結びつき、生きた歴史となった。2006年、ドイツでサッカーワールドカップが開かれた際、ドイツ人たちは、心から初めて、正々堂々と勝利を誇り、世界に向けて、国旗を振ることが出来た。


作;ZDF History (2019) 訳;Yoko Yoshimoto 協力;Werner Zitzl


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